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ハリカルナッソスのアルテミシア [天地 あまつち]

ハリカルナッソスは、トルコのボドラムにあった古代都市。アケメネス朝ペルシアの州知事であったマウソロスはカリア国を統治し、首都をここにしたのです。

肖像画の女性は妹にして妻であったのがアルテミシア。献身的な妻を象徴するといわれています。アルテミシアは先立ったマウソロスのために、ギリシア人建築家のピフエイとサチルの設計に、スコパス、レオカル、ブリアクシス、チモフェイという4人の高名な彫刻家によってフリーズが施された、世界でもっとも美しい墓、「マウソロス霊廟」をつくったのでした。

ティッシュバイン(Johann Heinrich Tischbein)が描いたアルテミシア。
彼女が手にしているものは、マウソロスの遺灰とワイングラスです。
彼の死から2年後のこと。悲しみのうちに彼の遺灰をワインに混ぜて飲み、そのまま息絶えたといわれています。

ですが、このアルテミシアは献身的な象徴だけではないのです。


マウソロスが先立ったあとに女王として戦場を駈けていくのです。

彼女がそうしなければならない理由はありませんでしたが、生来の気質が自ら艦隊を率いていくことになるのでした。彼女の首に賞金を賭けていた敵国のギリシャとの戦いで、窮地に陥ったアルテミシアは、その素早い決断で回避しました。

同じペルシア軍で何かというと対立していた船を沈め、ギリシア連合海軍の艦船からまぬがれることができ、さらにギリシアの艦船を沈めたとされて、手柄となったわけです。勇猛果敢な女性を象徴するアルテミシア。

そうして1年が過ぎ、マウソロスの遺灰のもとハリカルナッソスへ帰国したのでした。

この版画は、Marten Heemskerk の「The Mausoleum of Mausolus」です。 マルティン・ヒームスカークは、一連の「世界七不思議想像図」の版画を製作しています。「マウソロス霊廟」も、この「世界の七不思議」(今でいうと「世界が驚嘆する建築」となるでしょうね。)のひとつです。霊廟はマウソロスの死から3年後、アルテミシアの死から1年後にあたる紀元前350年に完成されました。

紀元前の「世界でもっとも美しい霊廟」は、度重なる地震で崩壊。
霊廟の遺物は大英博物館に保管されています。馬車の車輪と一匹の馬の像、77の断片から復元されたマウソロス像、8頭の獅子像の断片など・・・。

画像wikipedia. Marten Heemskerk


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