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ペンタローネ 二日目 第一話 [アート&アーティスト]

1697年、ド・ラ・フォルス (Charlotte Rose de Caumont de la Force)というフランスの女流作家の『妖精物語"Persinette"ペルシネット』は、1637年、ミラノのジャンバッティスタ バジーレ の「ペンタローネ」にある2日目の第1話で語られている「ペトロシネッラ(バジーレ)」をもとにした物語。

さて、このパセリの意をもつ「ペトロシネッラ」という物語が、グリム童話の「ラプンツェル」ですよね。このパセリからラプンツェルに変えたのが、ドイツのシュルツ (J. C. F. Schulz) です。


バジーレの「ペテロシネッラ」では、魔女のパセリを盗んで食べた女性の子「ペトロシネッラ」は塔に幽閉されていましたが、王子とともに逃げる。魔女が追ってくるので三つのどんぐりを後ろへ投げると、コルシカ犬・ライオン・狼に変わり、最後には狼が魔女を食べてしまうというストーリ。 ド・ラ・フォルスの「ペルシネット」では、姉の恋人を奪った妹の子「ペルシネット」を、「おまえは醜いのだ」と塔に幽閉します。

さてグリム兄弟は、シュルツ版をもとにグリム版『ラプンツェル』を童話化したようです。七回も書き換えられた「グリム童話集」は、もはや口承とはいえないという批判もあるようですが。

妖精のラプンツェルを盗んで食べた女性の子「ラプンツェル」を塔に幽閉。
「Rapunzel Rapunzel Let down your hair to me.」
「ラプンツェルや、おまえの髪をたらしておくれ」
塔に行くにはラプンツェルの美しい長い髪が梯子になります。

エーレンベルク手稿というのが初版本のものです。この初版が出版されて、ほかの作者たちA・L・グリムや、フリードリヒ・リュースらから批判があがったのです。婚前交渉による妊娠がみられる一文があったからです。「ドレスが身体にあわなくなった」という部分。マリア崇拝、父権社会の特有の批判ですね。

Rapunzel (Caldecott Medal Book)そうして、1995年にコルデット賞を受賞したゼリンスキーは、フランス、ミラノ、ドイツの3国の物語を融合させた「ラプンツェル」を描きました。

イタリアルネッサンスの挿絵です。人物の姿、動き、線、色、質感が、「空気遠近法」によって描かれています。そのほかの挿絵は、こちらから。Rapunzel


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